2017年12月26日

自分の幸せに責任を持つということ

(読了目安5分)人気ブログランキングへ

A子さんはK子さんと一緒に部屋の掃除を頼まれました。
依頼主にとって厳密な時間制限はなく、
単に「お願いね」程度のものでした。
A子さんと一緒に掃除を頼まれたK子さんは、少し変わった人で、
掃除をせず、テレビを見ながらお菓子を食べはじめました。


A子さんは「K子さんだけ掃除をしないのはずるい」と感じて、

「K子さん、私だけ仕事をして
K子さんがテレビを見ているなんてずるいです、
K子さんもやってください」

と伝えました。
するとK子さんは、

「それじゃあなたは掃除しなくていいから、
私が掃除をやるわ、あなたはテレビでも見ていてちょうだい」

と仕事を交代してくれました。


A子さんは「テレビを見ているのはずるい」と言ったわけですから、
「掃除より、テレビを見たい」という気持ちがあったかもしれません。
しかし「テレビを見ていいよ」と言われたA子さんは、
なぜか素直にテレビを見る気になれませんでした。
A子さんは、K子さんがテレビを見ていることがうらやましかったのではなく、
自分が掃除をしているときに、K子さんがテレビを見ていたことが
気に入らなかったわけです。


A子さんがなにを求めていたのか、
合理的な答えは、「一緒に掃除をすること」です。
でも、なぜ一緒に掃除をしなければいけないんでしょうか。
A子さんが一人で掃除をしても、K子さんと二人で掃除をしても、
「A子さんが掃除をする」という事実は変わりませんが、
K子さんがそこにいるのに、一緒に掃除をしないことで、
A子さんは不機嫌になってしまったんです。


これは、
「A子さんの幸せは、K子さんの行動に左右されている」
ということを示しています。
つまり、A子さんは、
自分の幸せをK子さんに依存しているわけです。


また、A子さんが、
「自分だけ仕事をしてK子さんがテレビを見るのはずるい」
と考えるのは、「掃除は苦痛・テレビは娯楽」と考えているからです。
「私は苦しいことを一人でやっているのに、
なんでK子さんは楽をしているの?私も楽をしたい」
と考えているわけです。
しかし、K子さんが「私が掃除をやるからA子さんはテレビを見ていいよ」
と言っても、苦痛から解放されるはずのA子さんは、嬉しくないわけです。


不思議ですよね・・・


結局A子さんの望みは
「掃除は一人でやりたくない」
「一人でテレビは見たくない」
「2人一緒に掃除をしたい」
というものなんです。
掃除を始めた当初、A子さんは、
テレビを見ているK子さんを「わがままな人だな」と感じたんですが、
実はA子さんもわがままな人だったんです。
みなさんは、K子さんが長く愛されない人だということはわかると思いますが、
A子さんも、実は長く愛される人ではないんです。


さて、ここからが現実問題です。
みなさんも、組織で仕事をしていると、
「なんでU子だけサボってるの?私はこんなに頑張ってるのに!」
と、不公平感を覚えることがあるかもしれませんが、
そのとき、自分の本心と向き合うことができれば、
そのストレスはなくなるはずです。


「逆に私がサボってU子が頑張れば私の気持ちは晴れるのか」
と考えてみてください。
また、
「私がサボってU子もサボる」
「私が頑張ってU子も頑張る」
というパターンについても考えてみてください。


たとえば、あなたが上司にこう訴えます。
「U子がサボって私が忙しいのはずるいです」。


そのとき上司から、
「それじゃあなたは今日なにもしなくていいです、
今後U子さんの仕事ぶりを見て、あなたの仕事を決めましょう」
と言われたら、あなたはそれで嬉しいのか考えてみてください。
そして毎日のように上司からこう言われたらどうでしょう?
「今日のU子さんは頑張っています、あなたも今日は頑張ってください」
「今日のU子さんはサボっています、あなたも今日はサボってください」


・・・これじゃイヤになりませんか?


あなたの仕事は、U子さんに決められてしまうんです。


また、「U子がサボって私が忙しいのはずるい」というのは、
「私は仕事が楽しくない」と言っていることでもあります。
もし仕事が楽しいなら、「ずるい」という表現にならないからです。
人は、好きな仕事をしていない時点で、
ストレスを溜めてしまいますから、自分への愛ではありません。
「ずるい」と言ったら、その仕事は苦痛になっているわけですから、
自分への愛、そして顧客への愛として、
すぐに辞めた方がいいのかもしれません。


「なぜ私はU子の仕事ぶりに心が乱れるのか・・・」

そうやって自分の心と向き合うと、大切なものが見えてくるはずです。


結局、他人に影響されず、その仕事に感謝し、
全力を尽くせばいいことがわかるはずです。

これが、

「自分の幸せに責任を持つ」
「幸せは自己責任」
「自分に対する愛」

ということの一例です。


仕事をしていると、「あいつが仕事をしないなら私もしない」
という気持ちになることがあるかもしれません。
しかしそんなときこそ、「私は私の全力を尽くす」と考え、
より一層がんばってください、
あなたが全力を尽くすという意味では、
「あいつ」がどうであれ、あなたは全力を尽くせばいいんです。
他人に影響されず全力を尽くすのは「愛」ですから、
愛はいつか必ずあなたに返ってきます。



◎まとめ

以前企業理念 ―ストレスの悪循環―」という記事にも書いたように、
そもそも仕事は、「人を幸せにするためのもの」です。
その企業があることで、社員も、顧客も、幸せになるものなんです。


仕事がストレスになるなんて、企業理念とは逆ですが、
現実問題として、人はストレスを全く溜めずに仕事をするのは困難です。
仕事ができる体力、そして勤める会社がつぶれていないこと、
また、社会情勢がテロに染まっていないことなどに感謝できれば、
仕事そのものに対するストレスも緩和されるはずです。
そうなれば、「あいつ」がどうであれ、自分に誇れる仕事ができるようになります。
「あいつが頑張らないなら私も頑張れない」というのは、
わかりやすく言えば、
「あいつが頑張れば私は幸せ、あいつが怠ければ私は不幸」ということです。


みなさんの幸せは、あいつの頑張り次第で決まるものなんでしょうか。
自分の幸せに責任を持てる人が、一人前の大人です。
長く愛されるのは、もちろん一人前の大人です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ブログランキングに参加しています。
現在2位です。
応援のクリックをいただけたら嬉しいです。



朝、デッキの上でなぜかノリノリの娘
マスターの影も写っています
















親子3人で向かうのは
















目をつけた枯れ枝がある現場に向かいます
















枝は小さく折り、薪ストーブ用に保管します
















今日の夕日は雲の中に隠れました
















クリスマスプレゼントの丸い磁石です(ほんの一部です)
子供たちはいろいろな形に組んで遊んでいました
マスターも挑戦しましたが、意外と楽しかったです
(写りこんでいる黒い四角はカメラのレンズ部分です)