2017年11月24日

スポーツジムの本質

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「スポーツジム」と聞くと、
「健康」「ダイエット」などを連想する人もいると思いますが、
その本質についてあらためて考えてみましょう。


スポーツジムの利用方法は、筋トレやストレス発散、痩せるためなどありますが、
今回は主に「痩せるため」に利用する場合について書いてみます。


まず、いつも書くように、長く愛されるのは「知恵のある人」ですよね。
では、痩せるためにスポーツジムを利用する人は、
「知恵のある人」と言えるでしょうか。


たとえば、食糧不足に悩む国の人たちは、みんな痩せています。
彼らはスポーツジムに行っているわけではありません。
痩せるための努力をしていませんが、
食べ物に恵まれていないため、痩せているわけです。


一方、食糧不足に悩んでいない日本には太めの人も多いですが、
それは、日本に住んでいるからでしょうか。
日本という国が、無理やり国民に食べさせているんでしょうか。


違いますよね、日本に食料はたくさんありますが、
それを食べるかどうかは国民の自由です。
太るのは、必要以上に食べているからなんです。


ダイエット目的でスポーツジムに行き、ダイエットに成功した人は、
「こんな私ってイケテル」と思っている場合も多いかもしれません。
しかし実際は、必要以上にお金をかけて自分を太らせ、
さらにお金をかけて自分を痩せさせているだけです。
つまり、飲食業界とダイエット業界の間を行き来して、
お金と時間を使っているだけなんです。
たとえば3万円かけて5キロ太り、3万円かけて5キロ痩せる場合、
3万円分食べるのに10時間、5キロ痩せるのに30時間かかったとしたら、
合計6万円と40時間のコストをかけて、元の体重に戻っただけです。
こんなことをする人が、「知恵のある人」と言えるでしょうか。
さらに「お金がない、忙しい」などと言っていたら、
もう「人生を賭けたコント」としか表現できないレベルです。


「愛をそそぐ」という明確な目的があり、
緻密な筋トレをするためジムに行く人はまだいいとして、
単に「痩せるため」にジムに行く人は、たとえ痩せていても、
「ジムに通わなければ痩せることができない」という意味で、
知恵がない人だと言えるわけです。


長く愛される人は、愛をそそげる人です。
痩せるためにジムに行く人は、自分のことで精一杯の人ですから、
長く愛されることはない、ということです。



◎たとえ自分を鍛えるためでも

世の中には、スリムでカッコイイ肉体を作るため、
スポーツジムに通っている女性タレントやモデルたちがいます。
スリムでカッコイイ女性は、周囲の人たちからは、
「あこがれの存在」と言われるかもしれませんが、
「ジムに通う」という意味では、商業社会に組み込まれているだけなので、
知恵がある女性とは言えません。
知恵があれば、普段の生活の中でトレーニングはできるからです。
ですから、スリムでカッコイイ肉体を手に入れても、
パートナーから長く愛されることはありません。
その体型を手に入れるための手段が、「愛」ではないからです。


スポーツジムに通うタレントやモデルたちは、
パートナーとのプライベートが充実していないことがほとんですが、
それは、結局のところ、「私を見て!もっと褒めて!すごいでしょ!」という、
「子供の思考」をベースにして、体型を保っているからです。
「子供の化粧」と同じ心境なんです。


「喜んでくれるファンのみなさんのため・希望を持ってもらいたい」
などと言いながら頑張るタレントもいますが、
だとしたら、まず自分のパートナーと仲良くすることが一番です。
「破局」は、応援してくれているファンが一番ガッカリすることですし、
離婚ともなれば、離婚を肯定することに繋がり、ファンへの愛とは言えません。
ファンを愛しているなら、愛とはなにか、
見本を見せる必要があるはずです。
しかし実際は、ファンからもっと愛してもらいたいから、
筋トレをし、SNSでその姿をアップしているわけです。


人生の目的は「筋トレ」ではありませんよね。
スポーツジムで身体を鍛える女性たちは、
外見が美しい人が多いのは確かです。
しかし長く愛されない人が多いのも事実です。
長く愛されないのは、目的を間違えているからです。



◎スポーツジムの本質

現在の「スポーツジム」は、表面的には華やかかもしれませんが、
結局のところ「商業・虚栄心・寂しさ」など、
様々な「負の力」が入り混じったもので、
「精神的に健全な場所」とは言いにくくなっています。
ですから、そこに集まるのは、
「愛や健康の意味を勘違いしている人」がほとんどかもしれません。


長く愛する力を持つ人は、すでに自分の力で自分を作り上げています。
ダイエットをする必要もありませんし、汗を流したいなら、
ジョギングをしに出かけるか、雨なら屋根下で縄跳びをしたりして、
自分と向き合っているはずです。
SNSにトレーニング風景やウエストの写真をアップして、
「いいね」と褒められることで喜ぶのではなく、
自分と向き合うことに幸せを感じているからです。


そしてなんと言っても、スポーツジムは、「儲かるかどうか」で動いています。
書くとキリがないので書きませんが、
結局は「経営」ですから、利益を上げるために、
経営者も従業員も、いろいろと大変なんです。
「健康」がイメージのスポーツジムは、
結局のところ、現代社会が生んだ経済システムのひとつであって、
肉体的健康ならなんとか実現できても、
より大切な、「心の健康」とはほど遠い場所だと言えます。


また、もしジムの従業員がストレスを抱えていたら、
みなさんは、お客さんとしてどう感じますか?
表向きはニコニコしているトレーナーが、
事務所に入ると、「あの客マジウゼェよ・あの女(男)よくね?」
とお客様の陰口や評価で盛り上がったり、
トレーナー同士で派閥を作ったりしていることもあります。
実はマスターに近い人が、ジムトレーナーを経験したことがあるんですが、
従業員たちの人間関係に巻き込まれ、
やむなくトレーナーの仕事をやめたことがあります。
新人にもかかわらずトレーナーとして人気が出てしまうと、
内部の人からひがまれたりするわけです。
スポーツジムには、そんな「子供の思考」の人たちが、
ストレスを抱えたままコーチとして働いているという現状もあります。
「ストレス発散」という目的でジムに通う人もいますが、そのジムの従業員が
仕事のストレスにやられている場合があるわけです。
これでは人類の「総ストレス量」は変わりませんよね。
人は、「ストレスを発散する人生」ではなく、
「ストレスを溜めない人生」にシフトしていかないと、
いつまで経ってもストレスの押し付け合いから解放されません。
人類がストレスから解放されないということは、
「人類は愛に近づくことができない」ということです。



◎まとめ

スポーツジムは、経済社会に組み込まれたシステムのひとつで、
極論すれば、人は飲食業界に食べさせられ、ダイエット業界に痩せさせられ、
「健康増進のため」と「スポーツジム」に通わされます。
経済社会では、人はなにをするにもお金が必要なシステムに組み込まれ、
中には、ジムの宣伝に影響され、ジムで肉体作りをすることこそが、
人生の目的のように考えている人もいます。


また、スポーツジムに行く自分が好きな人は、
「都会じゃ運動する場所がないからジムに行く」と言う人もいます。
しかし、「運動」は、生活の中に取り込むことができ、
工夫次第でいくらでもできます。
仕事帰りなら歩いて帰宅してもいいわけですし、
その程度の工夫ができない人は、愛をそそぐことなどできません。
そして、人生の目的は、ダイエットや筋トレではないことも忘れないでください。


長く愛されたいなら、知恵が必要です。
そして知恵があればスポーツジムに行く必要はありません。
スポーツジムに行きたい人は、なぜ行きたいのか考えてみてください。
憧れのモデルが通っているから行きたいだけなのか、
ジムに通う自分が好きなのか・・・
いずれにしても愛をそそいでいるとは言えません。


多くの人が、愛をそそぐためではなく、
愛を得ようとしてスポーツジムに通っています。


スポーツジムに行く前に、できることがあるはずです。
もう一度冷静に考えてみましょう。


※ダイエットに興味がある人は以下をどうぞ
本質的な努力をすれば
マスターのダイエット体験

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今朝、スタッフが東京に出かけました
















スタッフを見送った後、せいせいしている妻(ちがうちがう)
















きのうゲットした「デカしいたけ」の処理は続きます
















包丁よりデカいのもあります
















夕方、カップルが夕陽を眺めていました
















水平線に沈む直前です
















沈み始めました
















こんなふうに沈んでいきました
















夜、出かけたスタッフから写真が届きました
(マスターも東京に住んでいた20代のとき、
スポーツジムに通った時期がありました・・・)














昼、マスターのすぐ後ろで洗い物をしながら話している
「日台ハーフ」と「マレーシア人」の会話がとてもおもしろかったです。
中国語と日本語がちゃんぽんで会話が進んでいるんです。

「台湾の製品がマレーシアに輸入されているよ」
とか
「マレーシアのファッションはこんなだよ」
とか、いろいろな話をしていました。

ハーフ女子が日本語で質問すると、
マレーシア女子が頑張って日本語を使い、
日本語に限界が来ると、中国語に変わります。
マレーシア女子は日本語の勉強をしたいですから、
できるだけ日本語で会話を進めます。
会話全体の流れはとてもきれいに流れていて、
その中に日本語と中国語があるわけです。

昔、父の仕事の関係で、いろいろな外国人と関わっていたころを思い出しました。
こういう会話をあらためて聴いてみると、人類の歴史や
世界の大きさなどを感じることができました。