2017年8月30日

アステカ文明のいけにえの儀式

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みなさんは、他人の価値観を強引に押し付けられ、
イヤな思いをしたことはありませんか?


あるひとつのことを強く信じている人が、
自分の価値観を周囲に押し付け、
愛に近づこうと努力している人の足を引っ張ることがあります。


その典型例として、
「強く信じている宗教や、独自の栄養論、健康論、教育論の押し付け」
などを、みなさんも経験したことがあるかもしれません。


それが間違えた情報(ニセモノの神)であり、さらに、
命に関わるようなものなら悪影響は甚大ですが、
今回は、そのひとつとして、
「アステカ文明のいけにえの儀式」の話を例に、

「価値観の押し付けは愛ではないです」
「ニセモノの神を排除しましょう」

という話をしたいと思います。
前回のテーマに似たものですが、この際まとめていきましょう。


このブログはみなさんに押し付けるつもりはありませんからね。
基本は、女性への恩返しと、マスターの子供たちへの遺言です。
あとは、読みたい人が読み、人生のヒントにしてくれれば嬉しいです。



食事中の人や、これからすぐに食事を始めるつもりの人は
まず食事を済ませてください、マスター、待ちますから。


・・・


・・・


・・・


・・・


・・・済みました?


では、本題、いきましょう。
今回は短めです。


◎アステカ文明のいけにえの儀式

西暦1400年ごろ、いけにえの儀式をやっていた国がありました。
それは「アステカ王国」という国でした。


王様は、

「いけにえを捧げないと太陽が昇らない」

こう信じていたそうです。


アステカ文明の生け贄の儀式について、
世の中にはいろいろな文献がありますが、
例によってウィキペディアから抜粋します。



アステカ社会を語る上で特筆すべきことは、
人身御供(ヒトミゴクウ)の神事である。
人身御供は世界各地で普遍的に存在した儀式であるが、
アステカのそれは他と比べて特異であった。
メソアメリカでは太陽は消滅するという終末信仰が普及していて、
人間の新鮮な心臓を神に奉げることで、
太陽の消滅を先延ばしすることが可能になると信じられていた。
そのため人々は日常的に人身御供を行い、
生贄になった者の心臓を神に捧げた。
また人々は神々に雨乞いや豊穣を祈願する際にも、
人身御供の神事を行った。
アステカは多くの生贄を必要としたので、
生贄を確保するために戦争することもあった。



アステカでは、
「心臓を捧げないと太陽が昇らない・世界が終わる」
と信じられ、多くのいけにえが必要だったんだそうです。
また、雨乞いの儀式でもいけにえが必要だったようです。
いけにえになった人たちは、
「人の心臓がなくても太陽は昇る」
という本質から目をそむける国家に殺され続けたわけです。


当時の時代背景や、いけにえ本人の気持ちはどうだったかなど、
いろいろな事情があるにしても、
国の誤解や無知によって人が死んでいるわけですから、
これは大きな「罪」と言えます。


・・・やがてアステカは滅びます。


そしていけにえを捧げなくても、
太陽は昇り続けました。


一方、本質の探究をしていた天文学者たちは、
人の心臓がなくても太陽は昇るとわかっていました。
彼らの声を聞けば、人の命は救われていたんです。


さて、みなさんはアステカ王国がいいですか?
それとも天文学者がいいですか?


「ニセモノの神」を盲目的に信じて他人に押し付けることは、
一歩間違えれば「アステカ文明のいけにえの儀式」と同じです。
そんな人が長く愛されるか、考えなくてもわかることです。
「私はそんなことしないわよ」なんて聞こえますが、そう言っている人も、
自分の価値観を押し付けてケンカをすることってないですか?
ニセモノの神の声を押し付けてケンカしちゃう人って意外と多いんですが、
その理由は、自分が「オリジナルブランド」じゃないからなんです。
自分がブランドじゃないから、なにかに頼るわけです。


みなさんは、「ニセモノの神を妄信して他人に迷惑をかける」、
こんなことにならないようにしてくださいね。

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今日、体験学習で滞在中のスタッフは休日でした
ハンモック席でマスターが作ったラッシーを飲みながら
読書と睡眠を楽しんでいました

















よく研いだ包丁で、0.8ミリ平均の薄切りをします
野菜とのおしゃべりは、マスターの娯楽のひとつです