2017年7月26日

K子は非常識 (愚痴の話)

(読了目安7分)人気ブログランキングへ

みなさんの周りに、「非常識な人」っていますか?
今回は、「長く愛されない理由は、愚痴を言っているから」という話です。


・・・


◎愚痴を言うと成長できない

寂しい女性は、ストレスを溜めます。
そして、ストレス発散方法のひとつとして、「愚痴」を言います。


SNSに愚痴を投稿しても気がおさまらないと、
「ちょっと聞いてよー」と、誰かを飲みに誘ったり、
電話をかける女性もいます。


そして、愚痴を聞くのは誰もがイヤですから、
愚痴を聞く側は、「見返り」を求めます。


見返りを求める人は、愛を欲しがる人ですから、
愚痴で繋がる人間関係は長く続きません。
言う側も聞く側も、利益がなくなると離れていきます。


そして、最終的に愚痴を聞いてくれるのは、「身内」です。
身内は、イヤだからといってすぐに別れることはないからです。
よくあるのが、親子で愚痴を言いあうパターンで、
お互いに誰からも愚痴を聞いてもらえなくなり、
最後の手段として身内で愚痴を言い合うわけです。
この関係になると、悪い意味での相互依存になり、
どちらかがこの世を去るまで関係が続きます。
愚痴は、「自分が正しい」という考えが発端になりますから、
「自分が悪かったから自分を変えよう」という思考にならず、
愚痴を言い合う仲が続く限り、お互いに成長できないままです。



◎愚痴を言う人はヘンな人

みなさんは、「自分が正しい」と信じて疑わない人と一緒にいたいと思いますか?
愚痴を言う人は、「自分が正しい」と信じている人ですが、
本当に自分が正しいなら、
その「正しい判断力」で生きている本人は、幸せなはずです。
愚痴を言うのは、「幸せではないから」ですが、
だとしたら、愚痴を言っている時点で、
その人は「私は正しくない」と言っていることになります。


・・・愚痴を言う人って、「愛」という視点から見れば、ヘンな人なんです。
大人の世界では、「愚痴はダメ」と言われますが、
その理由がよくわかると思います。


愚痴が出る本質は、「自分が正しいから」ではなく、
自分が間違っているため他人が離れていき、「寂しいから」です。
そして、寂しいのは、「理解者がいないから」です。
理解者がいないのは、「他人を理解しようとしないから」です。
理解されたいなら、まずは他人を理解することが必要です。
たとえ理解しあえなくても、理解しあえないということが理解できれば、
ストレスは減るはずです。


相手の態度が自分の思い通りにならなかったとしても、
それはある意味当然のことなんです。
あなたが相手の期待に100%応えられないのと同じで、
相手もあなたの期待に100%応えることはできません。
思い通りにならないからといって、人を責めたり、批判したり、
愚痴を言ったりしてストレスを溜めるのは、
限られた時間しかない人生においてもったいないことです。


相手の対応次第で自分の気分が変わるということは、
相手次第の人生になってしまうということです。
相手次第でイライラしたり落ち込んだりするなんて、
まるで子供だと思いませんか?


あなたは、あなたの責任で、自分を幸せにしてください。
他人がどうであれ、幸せなあなたでいましょう。
人を責めたり批判したり愚痴を言う時間をなくし、
その分を愛をそそぐ時間に使いましょう。
それが長く愛されるということです。



◎K子は非常識

以下、愚痴を言うことがなぜいけないかという代表的な話です。
以下のようなことになっていないか、
愚痴を言いたくなるみなさんは、気をつけてくださいね。


登場人物は、
愚痴を言う「A子」さん、
A子さんの愚痴を聞く「B子」さん、
A子さんの愚痴の原因になっている「K子」さん、
この3人です。


・・・


A子さんがB子さんに、K子さんのことで以下のような愚痴を言いました。

「K子は常識がないよね」
「K子っておかしいよね」
「K子はなにもわかってないわ」
「K子はバカだね」

B子さんにとってはどうでもいいことだったんですが、とりあえず、
「そうだよね、K子ってちょっと非常識なところもあるよね」と同調し、
A子さんとしては、「K子は非常識」という結論で話は終わりました。


しかし後日・・・A子さんはB子さんをつかまえ、
また同じ愚痴を言い始めました。

「K子は常識がないよね」
「K子っておかしいよね」
「K子はなにもわかってないわ」
「K子はバカだね」

B子さんはとりあえずうなずきながら話に付き合いました。
そしてさらに数日後、A子さんはB子さんをつかまえ、
K子さんの愚痴を言い始めました。
B子さんはあいかわらずその話に付き合っていましたが、
内心はどうでもいいことでした。


さて、みなさん、不思議に思いませんか?
A子さんは、一回目にB子さんと話したとき、
「K子は非常識だ」という意見で確定したはずです。
だとしたら、K子さんが非常識なことをしても、
A子さんはもう愚痴を言う必要はありませんよね。
非常識な人が非常識なことをすれば、
それは「当たり前」のことであって、
特別に気にすることはないはずです。


たとえばあなたの知人に、認知症のG子おばあちゃんがいるとします。
あなたが周囲に対して1年間ずっと、
「G子おばあちゃんは認知症だよ」と言い続けたら、
あなたも周囲から認知症だと思われます。
同じように、非常識な人を1年間ずっと「非常識だ」と言い続けたら、
言っている本人も周囲から非常識だと認識されます。


もしその人を非常識だと言うなら、
感情的にならず、1回言えば充分なんです。
それ以上言うと、自分も非常識の仲間入りなんです。


しかし、人は不思議なもので、A子さんのように、
同じ人のことで何度も愚痴を言い続ける人がいます。


・・・いったい、なぜだと思います?


簡単に言えば、「寂しいから」なんですが、
それだとわかりにくいので補足しますね。


人は自分の価値観を押し付けようとする動物です。
実は、A子さんはK子さんに、自分が理想とする人に近づいてもらいたいんです。
自分の価値観と同じであってもらいたいんです。

「私と同じように常識的であってもらいたい」
「私と同じように常識的であるべきだ」

という期待が常にあるため、イライラし、愚痴が終わらないんです。
A子さんは、一方でK子さんを「非常識だ」と確定し、
一方で、「私と同じように常識的であってもらいたい」と期待しているわけですから、
これじゃストレスが溜まりますよね。


たとえば今のマスターは、「あの人は非常識だ」と思えば、
そのつもりで対応しますから、その後なにをされても愚痴になることはありません。

「マスターには理解できないけど、それはそれでいいでしょ」
「あの人だいじょうぶかな、長く愛されない気がするけどなあ」

という感じです。
しかしA子さんはK子さんに自分の常識を「期待」し、
期待通りにならないとストレスをかかえ、愚痴を言ってしまうんです。


またA子さんには、
「K子さんも自分と同じ価値観であってもらいたい」
という期待の他に、
「K子さんを一緒に批判してB子さんとの団結力を強めたい」
「B子さんには私の気持ちを理解してもらいたい」
などの欲もあるかもしれません。


しかしA子さんがそんな気持ちになってしまうのは、
「自分には理解者がいない」という「寂しさ」があるからです。
心から信頼できるパートナーがいれば人は安定しますから、
愚痴を言う時間があるなら、その時間を、愛をそそぐために使います。
心から信頼できるパートナーがいる人、
つまり「寂しくない人」は、愚痴を言わないということです。


愚痴を言うA子さんには、「大人の思考の男性」は近づきませんから、
A子さんは、以下の悪循環から抜けられなくなっているわけです。


寂しいから愚痴を言う

愚痴を言うからパートナーができない

パートナーができないから寂しい

寂しいから愚痴を言う


人がおかしな行動をする場合、
その原因を掘り下げれば、その多くが「寂しさ」です。
A子さんのように、同じ人を題材にして、
何度も「あの人は非常識」と愚痴を言うのは、
実は、言っている本人が寂しさにやられてしまい、
おかしくなっている場合がほとんどです。
ですから、愚痴を言う人には、大人の思考の人は寄り付きません。


この悪循環から抜けるには、「愚痴を言わない」、これに尽きます。
しかし多くの人が、「心の痛み止め」として誰かに愚痴を言いたくなり、
この投稿の最初に書いたように、SNSに投稿したり、
「ちょっと聞いてよ」と誰かに話したり、電話をしてしまうわけです。
愚痴を受ける側は、自分の利益になる範囲では愚痴を聞いてくれますが、
利益にならないと判断したら離れていき、
そしてまた寂しさの連鎖が・・・


これで悪循環の完成です。


この悪循環に入りたいなら、愚痴を言ってもOKですが、
入りたくない人は、自分の力で悪循環を断ち切りましょう。



◎A子さんに少しの愛があれば

A子さんに少しでも愛があれば、
B子さんにK子さんの愚痴を言うのではなく、直接K子さんに話すはずです。
非常識なことをするK子さんの幸せを願い、
「K子さんがA子さんにとって非常識なことをしなければならない理由」
を尋ねたり、どんなストレスがあるのか親身になって尋ね、
その解決方法を一緒に考えたりすることはできるはずです。
愛がないと、ただイライラしてしまい、
K子さん本人にではなく、B子さんに愚痴ってしまうわけです。


A子さんに少しの愛があれば、
K子さんの非常識さも改善されたかもしれません。


原因になる人に対する愛があれば、愚痴ではなく、
相手を思う落ち着いた気持ちでの「提案・忠言」となります。
逆に、原因になる人に対する愛がなければ、
イライラをベースにした愚痴を、本人以外の人にぶつけることになります。



◎まとめ

愚痴は、いろいろな意味で「寂しい人」が口にするものです。
寂しいから愚痴を言い、愚痴を言うから愛されない、愛されないから寂しいまま・・・


長く愛されたいなら、愚痴を言わないことです。


今回は以上です。
長めの投稿でしたが、最後までありがとうございました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ブログランキングに参加しています。
現在21位前後です。
応援のクリックをいただけたら嬉しいです。




夏休み初日は近所のペンションでプールに入り、
メントスコーラの実験の練習をし、
スライム作りなどをやりました。

平日ですが、お客様も多く、すっかり夏休みです。


近所のペンションのプール
寒かったので大人たちは入りませんでした


















自由研究の「スライム作り」

















夏休みイベント「メントスコーラ」の予行練習


















おばあちゃんの畑で採れた夏野菜