2017年6月12日

生まれかわりはある?

(読了目安2分)人気ブログランキングへ


マスターが考える「生まれかわり」というのは、
その肉体が滅びたときの意識をそのまま受け継いだ肉体だと考えています。


たとえば、自称、
「ブッダ」「キリスト」「サイババ」「ダライラマ」
などの生まれかわりと主張する人たちがいますが、
性格や知識などをそのまま受け継いでいれば、
本当に「生まれかわり」だと言えます。


たとえばブッダの生まれかわりなら、
当時の文化や出来事を克明に説明できなければいけませんし、
もちろん当時の言葉を話すことができないといけませんが、
そんな人はもちろんいませんよね。
現在、「自分はブッダの生まれかわり」とマジメに主張している人は、
世界に4人以上いるようですが、なんとなく矛盾しているような気がします。


科学が発展していなかった過去の人類の歴史は、
魂の存在や生まれかわりについて肯定的です。


魂が永遠だと想定することで、
「死んだおばあちゃんが悲しむよ」
「あの世から見ていてね」
「私を守って」
などという言葉や感情が生まれます。


また、生まれかわりを信じることで、
「今の不幸は前世で悪いことをした償い」
「来世で頑張ろう」
などと解釈し、不安や不満な心を落ち着かせることができます。


魂や生まれかわりの肯定は、宗教と同様、
人間にとって「痛み止め」としてとても大きな役割りを果たします。
言ってみれば、人類にとって「なければならないもの」でした。


しかし近年は、多くの学問や情報によって人類そのものが成長し、
「生まれかわりはない」という認識が主流になっています。
人類は知恵を身に付けることで、
「生まれかわり」という概念に頼らなくても生きていけるようになったわけです。


宗教やスピリチュアルの世界にどっぷりつかってしまうと、
「生まれかわりがある」と妄信してしまうことがあり、本質を見失います。
また逆に、「生まれかわりがある」と妄信していると、
宗教やスピリチュアルの世界を妄信してしまい、
やはり本質を見失いかねません。


現代は、「生まれかわり」は、「ない」と判断するのが大人の知恵です。


次回は、今回の投稿をもうちょっと掘り下げた内容で、
「肉体は魂の乗り物か」というタイトルの投稿をする予定です。
先日、ソフトバンクが「ロボット開発会社」を買収しましたが、
その話も絡めながら書きます。
お楽しみに。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ブログランキングに参加しています。
応援のクリックをいただけたら嬉しいです。