2017年4月4日

過換気症候群

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以前、20代半ばのK子さんから、「不思議な霊体験」について、以下の話が出ました。


「1年前に海外に行ったときのことです。
知人の男性が運転する車が前、
私が運転する車が後ろという状態で
田舎道を走っていたとき、
徐々に身体がしびれてきたんです。
手足が動かなくなってきたので危険を感じ、
前の車に合図をして車を路肩に停めました。
暫く休んでいたら治ったんですが、
あれって霊現象だったんでしょうか?」


K子さんはワーキングホリデーで海外に滞在した経験があり、
事情があって車を運転していたところ、上記のようなしびれを体験をしたそうです。
車を停めると、前を走っていた男性はK子さんを心配し、
しばらくの間一緒にいてくれたんだそうですが、そのとき、
「霊」というキーワードを使ってその状況を説明しようとしていたそうです。


K子さんは

「その場に差し掛かると、
徐々に身体がしびれてきて、
車の運転が難しくなった」
「霊に取りつかれたのかもしれない」
「彼がいなかったらどうなっていたことか」
「あれが霊現象だとしたら、初体験です」

・・・こんなことを言っていました。


マスターがその話をK子さんから聞いていたとき、
その場には、マスターの知人、C子さんがいました。
マスターはK子さんの話を聞きながら、
この件はC子さんが回答できることがわかったので、
C子さんに話をふりました。


マスター 「ねえC子、この話、なにが起こったかわかるかな?」

C子さん 「はい、過呼吸(かこきゅう)だと思います」

マスター 「うん、そうだね」


K子さんは、「霊現象」の可能性を考えていたようでしたが、
話を聞いていたマスターとC子さんは、話の途中から
「過換気症候群(かかんきしょうこうぐん)」を疑っていました。
過換気症候群は、「過呼吸」と呼ばれることもあり、
簡単に言えば、「過剰な呼吸による異常な身体状態」です(詳しくは検索を)。
精神的な緊張が原因で通常の呼吸ができなくなり、呼吸が過剰な状態になります。
過換気症候群になると出てくる症状の一つに、「四肢のしびれ」があり、
手足がしびれてしまい、徐々に動かなくなっていきます。
K子さんはこの状態を体験したわけです。
(通常は10分~20分で治ります)


過換気症候群になった理由は、当時のK子さんの状況を想像すれば理解できます。
外国という慣れない土地、しかも人が少ない田舎道を、
別々の車とは言え、現地の男性と2人で走っていました。
「まだ目的地に着かないのか」
「このままどうなるんだろう」
など、K子さんが不安になるのは当然で、
K子さん本人もその状況を「運転中は不安でした」と言っていました。
実はマスターは20代のときに一度だけ、
大腸の検査の前に過呼吸を体験したことがあり、
一緒にいたC子さんも20代に頻繁に経験していたものでした。
10代、20代の人に多く見られる現象だということですが、
不安を感じれば誰にでも起こる可能性がある症状です。


結局、連れの男性も本質的な原因はわからず、
K子さんの症状は、その場で休んでいたら治ったということでした。
K子さんの頭には「霊現象」というイメージだけが残り、
日本に帰国してもずっと気になっていたそうです。


さて、ここでマスターがいつもみなさんに伝えているように、
「自分が理解できないこと」を「霊現象」と解釈してしまうのはとても危険です。
仮に、K子さんの連れの男性も霊現象だと信じてしまう人なら、現場で慌ててしまい、
後日、除霊や心霊グッズなどに頼ってしまったかもしれません。
身体に異常を感じる度に当時のことを思い出し、
「あの時にとり付いた霊がまだ出ていかない、どうにかしないと」
とパニックになることもありえます。
また、連れの男性が悪知恵のある人だったら、
「この辺りは心霊スポットだから、きっとなにかが憑依したね、ぼくが除霊してあげる」と言い、
「祈りによって命拾いした」と思わせ、信用を得た後、
お金や身体を求めることになったかもしれません。
いずれにしてもK子さんが「愛」にたどりつけないことは明白です。
K子さんの経験不足や無知が、K子さんを愛から遠ざけてしまうわけです。



◎「不明」の大切さ

前回投稿の「解離性同一性障害」の話も合わせ、
「無知」は不安・霊・超常現象などに結びつき、愛を遠ざけてしまいます。
「霊だ、神だ」と結論を急ぐ前に、今の人類の知恵で徹底して研究し、
それでもわからないことは、「不明」として未来への課題にすることが知恵です。
結論を急がず「不明」とすることで、その現象の研究の余地が生まれ、
いつも書くように、昔は「不安」の象徴だった皆既日食が、現在は「娯楽」になったわけです。


不思議な現象を、理論的に解明する努力は、愛をそそぐ努力とも言えます。
一方で、理論的に解明する努力を、「霊や神を冒涜する行為」と考える人もいます。
しかし、もし霊や神がいるなら、一生懸命考える人間の
知恵や努力を見て、冒涜とは思わないはずです。


物理的なものにせよ心理的なものにせよ、理解できないことがある場合、
結論を急がず「不明」とし、まずは自分の「無知」に目を向けてみてください。
自分の無知に目を向け、考え続けることが、愛に近づくということです。

・・・

今後、スピリチュアル系の話はもう少し続きます。
次回は「遠隔ヒーリング」を予定しています。
長く愛されない人、特に長く愛されない「女性」は、
癒しを求め、俗に言う「ヒーリング」を受けることがあります。
60分1万円とか90分2万円で、癒しを買うわけです。
ヒーリングの中には、出歩くのが困難な人や、遠距離の人のために、
遠隔ヒーリングというものがあります。
人が「遠隔ヒーリング」を受けているとき、ヒーラーはどんなことをしているでしょうか。

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