2017年2月15日

光の体験について

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マスターの「光の体験」についての投稿です。

「光だなんて、なんだか怪しい話ね」と思う人もいるかもしれませんが、
だれでも体験する可能性があるものです。
マスターの場合は、仕事を頑張りすぎたマスターの脳が、
「オーバーヒート」して幻覚を見ました。
脳のオーバーヒートは、脳の「変性意識状態」のひとつで、
変性意識状態では、誰でも不思議な体験をします。

昔は、「神・あの世・宇宙・霊・悪魔」などのキーワードで説明される神秘的なものでしたが、
現代は、科学的に解明されつつあります。

・・・

マスターが「光」を見たのは、2006年5月、連休の最終日の夜のことでした。
毎日見ている景色が、カラフルに輝き、「心地良く不思議な体験」をしました。

マスターの仕事は、来店したお客様のために料理を作ることですが、
毎年ゴールデンウィークは、起床後から慌ただしく動き、
気付くと夜になっているような忙しさを体験します。

「朝から食事もしてないし、トイレにも行ってないなあ・・・」
「あれ?今日一度も座ってないじゃん」
みたいな異常な忙しさです。

当時妻は妊娠中だったため、マスターの仕事量は増える傾向でした。

店をオープンして間もない「不慣れ」と、もともと身体を動かすと悪化する
「難病」を患っているマスターにとって、「激しい疲労」と言えるものでした。

しかし同時に、妻の妊娠の喜びや、売上が伸びるという喜びもあり、
前向きな疲労のまま、なんとか最終日を終えることができました。

マスターが経営している店にはオープンスペースがあり、
コーヒーを飲みながら自然の景色を楽しむことができます。

すでに辺りはうす暗くなっていましたが、仕事がひと段落したマスターは、
狭い厨房から出てオープンスペースの椅子に腰をおろし、全身の力を抜きました。



あーーー! やっとおわったぁ~~~~~!


ふーーーっ ・・・ ・・・ ・・・


・・・


・・・


(ここは身体ごと椅子の中に溶けていくような感じ)


・・・


・・・




あれ?




なんだ?




あらら!



見慣れた景色がキラキラと、ステンドグラスの光を浴びたように輝いていました。

「大きな感動」というより「疲れてるのかな?」程度の感覚でしたが、
とても気持ちの良い瞬間でした。
たぶん、長くても数十秒の出来事だったと思います。
もしかしたら、意識もはっきりしていなかったかもしれません。
夢の中の風景が、現実の景色に重なっただけだとも考えられますが、
いずれにしても、心地よい感覚の中、キラキラと七色に輝く光を見る体験でした。

・・・そしてその後、マスターは、自分の内面が変わっていくことに気付きます。

光の体験以前、マスターの人生経験は、それぞれがバラバラに存在していました。
ひとつひとつの経験をただの単体として認識し、
たとえば

「友達と旅行に行きました、楽しかったです」
「彼女と別れました、悲しかったです」
「お腹をこわしました、痛かったです」
「バイトで叱られました、頭にきてやめました」

みたいな感じです。

しかし光の体験後、それまでの経験同士が頭の中でリンクしあい、
ひとつの連続した経験としてまとまりました。
上記青文字のことで、ごく簡単に言えば、

「友達と旅行に行って彼女に寂しい思いをさせたから、彼女がすねた。
その彼女を批判した結果、彼女と口論になって、彼女にふられた。
そのストレスが原因で体調が悪くなって、バイトを無断欠勤した。
無断欠勤を叱られ、頭にきてバイトをやめた」

などです。

上記はあくまでも例えですが、体験後は、「物事の仕組み」がわかるようにわかり、
今の自分がどうしてここにいるのか、なぜこれをしているのか、
これからどうなるのか、ということが認識できるようになったんです。

光の体験後の感覚は、ジグソーパズルの最後の1ピースをはめたときの感動にも似ています。
ジグソーパズルのひとつひとつのピースは、風景の「雲」の部分なら、ただ白いだけだったり、
建物や風景の部分なら、なにかの模様にしか見えないものですが、
全体が組み上がると、ひとつの作品として完成し、どれかひとつが欠けても作品になりません。

同じように、これまでの小さな経験のひとつひとつが今の自分を作り上げてきたということ、
些細なことや辛かったこと、悲しいこと、意味がないと思っていたことなど、
過去の経験の全てが今の自分を作り上げ、そのどれが欠けても、
今の自分は今の状態で存在しないと実感できたんです。

過去の些細なことや苦しいことに感謝できた結果、
未来の苦労に対する不安も消えていくようでした。

後日、ネパールに住んでいる父に
「今までにない重厚な幸福感を味わいました」
と手紙を書きました・・・

これがマスターの「光の体験」です。
この体験は、世間では「覚醒体験」と呼ばれているものです。

・・・

たとえば、「僧侶」や、恐山で有名な「イタコ」などは、
意図的に心身に負荷をかけ、半ば強制的に覚醒を促すマニュアルを実行し、
実際に、かなり高い確率で覚醒できるようです。

半世紀ほど前、脳のある部分を電気信号で直接刺激すると、
幻覚や幻聴、体外離脱の感覚を再現できることが実験的に証明されましたが、
電気信号ではなく、「心身に強い負荷をかけること」でも、
その部分が同様に刺激されることが解明されました。

僧侶やイタコの苦行には、根拠があったということです。

そしてマスターの生活のように、期せずして苦行になってしまった場合でも
条件がそろえば覚醒体験に繋がることもわかっています。

「火事場のばか力」という言葉があるように、極限状態では、
人は普段では考えられないような筋力を発揮することがあります。
同じように、心身共に極限状態になると、「脳」が「火事場のばか力」を発揮するわけです。

一般の人が、あるとき突然声が聞こえたり、何かが見えたりするようになるのは、
マスターと同じように日常生活内で苦行をし、覚醒体験をしたからだと考えられます。
(「薬物・脳障害・精神異常状態・生体の防御反応」などから起こる異常体験については
後日触れます)

ただ、覚醒体験がいつも良い方向へ向かうとは限りません。

予備知識がない人が覚醒を体験すると、あまりにも感動的なため
「神が降りてきた」
「私は神になった」
「神からのメッセージを受け取った」
と感じてしまうことがあります。
自分になにが起こったか冷静に判断できないまま、
盲目的にスピリチュアルな方向へ突っ走る人も出てきます。

そんな人たちは、言ってみれば「神がかり」の状態ですから、
「これが私の使命だ!」と、なにをするにもすごいパワーで推し進めようとしてしまいます。
宗教やセミナーを主催し、超能力やスピリチュアルな話をする人の中には
ヘンな意味でパワーに満ちた人もいますので、注意が必要です。

ちなみにマスターは、神でもなんでもないですからね。
光を見たことがあるただのお父さんです。
自分に起こったことを冷静に見つめ、謙虚に生きたいと思います。


◎まとめ
「変性意識状態」という言葉については後日詳しく書く予定ですが、
光の体験は、脳の「変性意識状態」がもたらす現象のひとつです。
光の体験後、脳のパフォーマンスが上がったからと言って、
「神が降りてきた」とか、「神と一体化した」とか、そういうものとは違います。
寝ているときに身体が動かなくなる「金縛り」も、
脳の変性意識状態のときに起こる現象ですが、
それを「悪魔の仕業だ!」なんて言う現代人はいません。
みなさんも今後「光の体験」をする可能性は充分にあります。
そんなときはまずこの投稿を思い出し、冷静に対応してくださいね。

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